月に一度、大阪に出張レッスンに行っています。大阪、三重、神戸、富山、熊本から来てくれている皆さんと、3日間滞在してのレッスン。心斎橋にあるミュージックバーFUNKY TOWNさんを日中貸切にさせていただいてのレッスンです。
年齢層、職業、経歴など本当に様々な人が集まってくれていて、全員が「ボイトレなんて受けたことありません。」というメンバー。歌が苦手な人、音程を取ることが難しいという人、友達と行くカラオケでしか歌わないという皆さんが、今夢中になって歌と、そして自分と向き合ってくれています。
レッスン中、その前後に受けるメンバーが見学してくれているんですが、1時間のレッスンでの変化を目の前で見ていて、涙しながら聞いている姿も。。。
声松メソッドでは、鍵盤を使って「マママママ〜」みたいな、ボイトレと聞いて一般的にイメージされるようなことは、最初はほぼしません。やるべきことの段階があるからです。
歌は元々、まだ言葉がなかった時代に人同士がコミュニケーションを取る為に生まれました。つまり、「自分の思いを伝える手段」だったんです。そしてその頃のDNAが、私たちには残っています。
いつしか歌は、思いを伝える手段から、技術やスキル、タレント性を発揮するもの、エンターテインメントの一つに変化していき、今日に至っていると感じています。何を伝えるか?どう伝えるか?よりも、高い声を出せるようになりたい、声量が欲しい、音程が正確に取れるようになりたいというオーダーがとても多いからです。
でも、いつの時代も感動を生んできたものは人の心であり、その人の表現だと思います。縄文時代って、2万年も争いが無かったそうです。その時代は、精神性や感性を重視してきていて、現代は思考や合理性を重視するからなのではと言われています。
AIの発達により、”考える”部分を担ってもらえる分、意識のリソースが人間特有の感性の部分に割けるようになってきましたよね。武器ではなく楽器を持ち、剣ではなく筆を取り、罵倒ではなく合唱をする。
大阪ボイトレのメンバーは、感性の話をするとすぐに「そっかぁ!」と直感やイメージで歌ってくれます。本来の声に近づいていくその歌声をすぐ隣の特等席で聞いている僕としては、レッスン中なのにものすごく心が震えるんですよ。なので今回は、自分の声で松果体を震わせるレッスンをメインに行いました。
人が持っている本来の音というのは、例外なく本当に愛に溢れています。それがそのまま世界に響いたらどんなに笑顔が増えるだろうというのをずっとずっと想像しながら、ワクワクしながらレッスンさせてもらっているんです。
(それ本来持ってる声じゃないな…と思った時は、違う!とはっきり伝えることもありますよ!)
声って、毎日使いますよね。そしてその声を一番間近で聞いているのは、自分自身です。だから、声が変われば(自分に還れば)自分として生きていける人生に変わります。
社会に出ると、「空気読めよ」「空気壊すな」「もっと周りのことを考えて」「今はこうするべき」など、自分全開で生きていくにはどうにも生きづらい場面が多々あります。もちろん空気を壊していいとか、周りのことは考えなくてもいいということを言っているわけではありませんよ。本来の声や個性が発揮されている声を重ねて合唱する感覚で【歌うように生きる】を身につけると、個性同士、心同士がハーモニーを起こすようになるんです。
ここで、レッスンを受けてくれた方々の感想を一部紹介します。



